味覚の違う2人が暮らす難しさ

冷蔵庫のタレ問題をどうするか

収納だけではなく、誰が使うかの線引きも必要でした

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  • 冷蔵庫のタレ問題は、ただの収納問題ではありませんでした。
  • 味覚の違い、買い方のクセ、誰が使うかが混ざっています。
  • 買った人が使う、無理な人は無理しないという線引きも大事だと思いました。

冷蔵庫の中で、いつの間にか増えていくものがあります。

それが、タレや調味料です。

これは、私がお片付けを始める前からの疑問でした。

なぜ夫は、同じようなものを何本も買ってくるのか。

焼肉のタレ。

何かのタレ。

似たような味のタレ。

少し違うらしいタレ。

私から見ると、どれも似たように見えます。

でも、本人にとっては違うのかもしれません。

味の好みが違うと、冷蔵庫にも出る

我が家は、夫婦で味の好みが違います。

夫は、はっきりした味や出来合いの味を好みます。

私は、どちらかというと薄味が好きです。

この違いは、結婚して一緒に暮らしていると、意外と大きいです。

最初の頃は、夫が買ってきたタレや調味料が、本人の好みに合わなかった場合、私が食べる流れになることもありました。

でも私は基本的に薄味です。

濃い味のものを無理に食べるのは、正直、ちょっとした修行でした。

こうして私は、味覚の違う2人が一緒に暮らすことの難しさを学び始めました。

食品や調味料は、少し別問題

片付けの話でよく出てくる言葉があります。

「相手のものは勝手に捨てない」

これは、もちろん大事だと思います。

相手が大切にしているものを、こちらの判断だけで処分するのはよくありません。

でも、食品や調味料は、少し別問題だと思っています。

なぜなら、賞味期限があるからです。

ずっと置いておけるものではありません。

開封後は、早めに使った方がいいものもあります。

冷蔵庫の場所も取ります。

だから我が家では、基本的に「食べられる人が食べる」という考え方にしています。

買ってきた人が食べる。

その味が好きな人が食べる。

合わなかったなら、食べられる人が食べる。

ただし、私が無理に食べる必要はないと思うようになりました。

私が無理して消費しなくてもいい

以前は、残っているともったいないから、私が食べなきゃいけないような気がしていました。

でも、それは違うのかもしれません。

濃い味が好きな人が買ってきたものを、薄味の私が無理して食べる。

これでは、冷蔵庫は片付いても、私の気持ちは片付きません。

人によっては、こう言ってもいいと思います。

「これ、買ってきたなら自分で作って食べてね」

それが嫌だったら、次からは買う量を考える。

似たようなものが冷蔵庫にないか確認してから買う。

自分が本当に使い切れるか考える。

そこは、買ってきた本人にも作戦を考えてもらいたいところです。

デザートにカロリーを残したい

もちろん、味の好みは人それぞれです。

はっきりした味が好きな人もいます。

焼肉のタレや濃い味の調味料があると、食事が楽しくなる人もいます。

それ自体を否定したいわけではありません。

ただ、私はそこまで濃い味を毎日の食事に求めていません。

はっきりした味は、数ヶ月に一度、焼肉屋さんで味わえればそれでいい。

私にとっては、そのくらいで十分です。

では、なぜ私がここまで薄味にこだわるのか。

正直に言うと、理由のひとつは、他に食べたいデザートがあるからです。

ただのカロリー思考です。

濃い味のおかずでカロリーを使うより、私はその分、甘いものやデザートを食べたい。

健康意識が高いようで、実はかなり自分勝手な理由かもしれません。

でも、私にとっては大事なことです。

タレ問題は、ただのタレではない

食事は毎日のことです。

だからこそ、味の違いは小さなようで大きいです。

片方が濃い味を好み、片方が薄味を好む。

片方がタレを増やし、片方が冷蔵庫の中身を気にする。

片方が「まだ使う」と思い、片方が「これ、いつまで置くの?」と思う。

こういう小さな違いが、冷蔵庫の中に現れます。

タレ問題は、ただの収納問題ではありません。

味覚の違い。

買い方のクセ。

使い切る力。

冷蔵庫の管理。

夫婦の役割分担。

そういうものが全部混ざっている問題だと思います。

「相手のものだから捨てられない」と我慢するだけでは、食品はどんどん増えてしまう。

かといって、勝手に捨てると揉める。

だからこそ、買った人が使う。

食べられる人が食べる。

無理な人は無理しない。

このくらいの線引きは必要なのだと思います。

冷蔵庫の中で増えるタレは、ただのタレではありません。

味覚の違う2人が、同じ家で暮らす難しさ。

そして、それでも暮らしを回していくための小さな課題です。

これも、私にとっての考えない家事です。