- 「まだ登れる」と「安全に降りられる」は別でした。
- 怖いと感じた時が、高い場所を見直す合図です。
- よく使う物から、手の届く場所へ移していこうと思います。
私は、高い所へ登ることに、少し抵抗を感じるようになりました。
登れないわけではありません。
登ろうと思えば、まだ登れます。
でも、本当に怖いのは、登る時ではありませんでした。
降りる時です。
「まだできる」と思っている人に出会った
運がいいのか悪いのか、私は、高齢になって病気やけがをした人と出会う機会がありました。
私が出会った人の中には、60代でも「まだできる」と自信を持っている人がいました。
本人にとっては、今まで何度もやってきたことです。
でも、周りから見ると、少し危なっかしく感じる場面もありました。
一方で、70代になってから、「あれ?」と自分の変化に気づく人にも出会いました。
もちろん、何歳で何ができなくなるかは、人によって違います。
ただ、自分が思っている「できる」と、周りから見た「安全」には、差が出ることがあるのだと感じました。
自分にも「怖い」が出てきた
そんな人たちを見てきた私にも、少しずつ変化が出てきました。
高い所にある物を取ろうとした時、「ちょっと嫌だな」と思うようになったのです。
登る時は、上にある物を見ています。
目的の物を取ることに意識が向いているから、まだ動けます。
でも、降りようとした瞬間に、急に怖くなる。
この「降りる時への恐怖」が、私には本当に怖いのです。
登れたから、これからも大丈夫。
そういうことではないのかもしれません。
「怖い」と感じたこと自体が、暮らしを変える合図なのだと思います。
高い棚は、本当に必要だろうか
家には、収納するための高い場所があります。
空いていると、何かを置きたくなります。
でも、置ける場所だからといって、使い続けなければいけないわけではありません。
高い棚へ物を置けば、いつか自分で取り出し、また戻すことになります。
これからも、その動作を安全に続けたいのか。
そこまで考えて、収納場所を決め直してもいいのだと思います。
よく使う物から下ろしていく
高い場所にある物を、今日すべて移動させなくてもいい。
まずは、よく使う物が高い所に置かれていないかを見る。
手を伸ばさずに取れる場所へ、一つだけ移してみる。
高い所の物を下ろすために無理をするのは、本末転倒です。怖い時は一人で頑張らず、誰かに手伝ってもらってもいい。
登れるうちに、降りなくても済む暮らしへ変えていく。
それも、これからの「考えない家事」の一つだと思っています。
怖さは、できなくなった証拠ではない
高い所から降りるのが怖い。
そう感じると、年を取ったようで少し嫌になります。
でも、怖さは、何もできなくなった証拠ではありません。
今の自分に合う方法へ変えるための合図です。
「まだできる」と頑張るより、「もう登らなくていい仕組み」を作る。
私は、そんなふうに暮らしを少しずつ変えていきたいと思います。