- 思い出の品を、片付けの最初に選ばなくてもいい。
- 手放す経験を重ねてから、向き合える物もあります。
- 物を手放しても、思い出や「できた経験」まではなくなりませんでした。
40年間、捨てられなかった白い毛糸を捨てました。
何かが変わるかと思ったけれど、何も変わりませんでした。
部屋が劇的に広くなったわけでも、人生が動き出したわけでもありません。
ただ、「なぜ私は、これを40年間も持っていたのだろう」と考える機会にはなりました。
祖母の膝掛けを編んだ残り
その毛糸は、小学6年生の頃、祖母へ膝掛けを編んだ時に残った物でした。
私はその膝掛けで、初めて棒針編みを自分で覚えました。
メリアス編みが、ずっとずっとできませんでした。
何度も練習して、失敗したと思った時、初めてメリアス編みができました。
祖母のために編んだ記憶。
できなかったことが、初めてできた喜び。
白い毛糸には、その二つが残っていたのだと思います。
私が捨てられなかったのは、毛糸ではなかったのかもしれません。
祖母への思いと、「私にもできた」という証拠を、捨てるような気がしていたのだと思います。
10年前にも捨てる機会はあった
たぶん、10年ほど前にも、一度は捨てられる機会があったはずです。
それでも私は、捨てませんでした。
「いつか使うかもしれない」と思っていたからです。
でも今振り返ると、本当に使う予定があったわけではありません。
毛糸を残すことで、祖母との思い出や、初めて編めた時の自分を残そうとしていたのかもしれません。
半分ほど手放してから向き合えた
もし片付けを始めたばかりの頃に、この毛糸を手に取っていたら、私はきっと捨てられなかったと思います。
先に、明らかに使っていない物や、似たような物から少しずつ手放しました。
家にある物を、体感では半分くらいまで減らせるようになって、ようやくこの毛糸に向き合えました。
思い出の品を捨てるには、順番があるのかもしれません。
最初から、一番思い入れのある物に挑まなくてもいい。
手放す経験を少しずつ重ねたから、毛糸がなくなっても、思い出まではなくならないと考えられるようになったのだと思います。
捨てても、何も変わらなかった
40年物の毛糸を捨てても、何も変わりませんでした。
でも、その「何も変わらなかった」が、私には答えだった気がします。
毛糸がなくなっても、祖母へ膝掛けを編んだことは覚えています。
メリアス編みが初めてできた時の、「私にもできた」という気持ちも残っています。
物がなくても、思い出と経験は、ちゃんと自分の中にありました。
先延ばしではなく、まだ順番ではなかった
私は40年間、毛糸を捨てることを先延ばしにしてきたと思っていました。
でも、ただの先延ばしではなかったのかもしれません。
当時の私は、毛糸を減らすことよりも、祖母との思い出や「できた自分」を残すことを優先していた。
そして今は、物を残すことよりも、管理できる量に整えることを選べるようになった。
そう考えると、40年かかったことにも意味があった気がします。
思い出の品は、今日は残してもいい
片付けを始めた時、どうしても捨てられない物が出てきたら、いったん残してもいいと思います。
今日は、迷わず手放せる物を一つだけ選ぶ。
そうやって経験を重ねていくうちに、思い出の品と向き合える日が来るかもしれません。
捨てられないのは、意志が弱いからではない。
まだ、その物の順番ではないだけかもしれません。